浦川英幸のfieldwork.fishingcreative

年間休日のほとんどを水辺ですごします。ルアー作りの試行錯誤とフィールドワークをメインに書いてます。

人の価値観

大人になり人が集まる場所に行けば釣りが好きな事をひたすら隠し続ける事がある。。
別に何か特別な事を知ってる訳でもないが爆笑
自分は人といる時釣りの話しはあまりしない笑突っ込まれたら厄介だ。
人は聞いてもないのに自分の釣り自慢をだらだらと語るのだ。
ブログ自体は探さなきゃ見れない、気になれば見れる、Facebookみたいに見たくもない情報垂れ流しとは違う。
ブログは永遠とだらだら話しても誰もムキにはならないはずだ笑
対人ならば自分がムキになるスイッチが入る前に冷静に居なきゃいけない爆

目的が同じなのは確かだが、一つ確信めいたサイクルがある。
皆んなが皆自分は上手いの一点張りだ笑
 
上手いからなんなんだ?まず、釣りが上手いって何を基準に上手いというのだろうか?
ロープーと呼ばれる人や自らの手でルアーを作って商売をしてる人以外だ。
ネットのブログなのか?雑誌やメディア媒体の情報なのか?それともその人の口から発せらた言葉なのか?

たいがい色んな人と釣りをした、歳上から歳下まで、社会的に地位のある方や釣り雑誌メディア媒体憧れのある方も含めてだ。
自分は幸い鹿児島に生まれて鹿児島で育った、父親に幼少期時代から魚釣りに連れて行ってもらってた

今でも覚えてる小学1年生の頃だ自宅のある鹿駅周辺の集合住宅に住んでる頃、清水小学校の横を流れる稲荷川に自転車で向かった
手には到底釣り上げれるはずもない仕掛けを握り締めてだ、
ある意味イケるはずっだった笑
竹ひごにタコ糸40センチくらい結び、ボルトのナットが重り代わりだ、結び方すら分からないオヤジのキスばりを確か結んだんだろうか?
ターゲットは鯉だ、何故に鯉かと言えば放課後に集合住宅に鯉釣りをするにいちゃんたちが居て影響を受けたのがきっかけだ。
話しは戻りその行為そのものが、子供の自分にはイケナイ事なんだろうか?の気持ち半分、魚が掛かればどうなるんだろうか?の気持ち半分
複雑な、気持ちを胸にその針に食パンを掛けて鯉の住処に落とし込んだ…
反応はすぐさま帰ってきた、強烈な引きと鯉の尾鰭で作られた反転流と水飛沫、手元に残った衝撃だけで喪失感が物凄く子供の自分にはインパクト大だった。
案の定インパクトのみが残り、東坂元に住む今でも釣り仲間の中村吉隆といつからか鯉を釣りに行くようになった、以下吉ちゃん、吉ちゃんの親父さんもフカセ釣りが大好きで、小学生の頃から親子揃って佐多岬や甑島に渡船で向かっては楽しそうにしていた。
自分が住んでた、柳町から吉ちゃんの住む東坂元までその当時流行ったマウンテンバイクで通った、名前の通り坂元だ、坂が半端ではない、彼は餌を巧みに変える、上流の吉田町周辺では今でもあるマルキューのみどりと言う練り餌を使い、中流付近ではソーセージや食パンを使い釣る、自分達はその当時渓流用の延べ竿を率いて上流や中流の流れのある小河川を泳ぐ鯉独特なダイレクト感満載な引き感を味わっていた、流れのない下流は断然食パンなのだ、途中リールの存在を鯉釣りに取り入れ、今で言うギャング釣りならぬ鯉の引っ掛け釣りに発展する、高い場所から浅瀬の砂をむしゃむしゃして背びれを出す鯉を見つけたら、鯉を目掛け投げる、中通し重りに使わなくなったルアーからトリプルを外し結ぶ、ラインに鯉が触れれば鯉がさっと逃げる前に思い切り合わせるのだ、スレ掛かりがどんだけ引くのか学んだのだ。
今となっては、エゲツナイが、その当時は何一つ悪いとは思ってなかった、今でもある市営バスの6番線だ、クソ暑い夏休みに実方入口のバス停から清水小学校に近い某高校入口のバス停までバスに乗りバケツに鯉を入れて観察池まで運んで逃した笑
多分今の小学生には出来ないだろうと思う爆笑
 
自分が何が言いたいのか?
そう、かれこれこのくだりを興味もない人に語れど伝わるだろうか?
たいがい今の自分の磯のルアー釣りに人を連れて行けば口を揃えて言う言葉がある…疲れると言う言葉。
疲れるけど、楽しかったならまだいいかもしれない。
魚を追い求める価値観たる故に対人になれば計り知れない気持ちを背負う事になる。
自分は単に聞き逃せない性格が故に、他人との行動を拒むようになる。
例えば人の物は大事にしなくて、客の物は大事にするのだろうか?
あの人はあの人と釣りをするから関わるなとか?
放った言葉が、なければ何一つなかったんじゃないんだろうか?
いい事半分悪い事半分じゃないだろうか笑?
いいも、悪いも色んな出会いがある
対人なんて一年前まで考えた事もなかった、
自分は自分の好きな事を邪魔したり自分の好きな人を馬鹿にしたりあの魚はあれじゃ、ないんじゃないとか笑?ちょっとでも聞いたりしたら嫌な気持ちを抱く。
自分のモンベルの靴の片方ははどこに行ったのだろうか?
いい勉強代だと思った。

綺麗ごとは、抜きに自分は自分の釣りのブレないスタイルがある。
これは今後何も変わる事はない。